パウロ・コエーリョ著の小説『アルケミスト 夢を旅した少年』。
前回の記事からの続きです。
宝物が欲しいなら、いま飼っている羊の十分の一を明日連れておいで、と言い残し老人は去っていきました。
少年は自分が夢をあきらめかけていることをわかっていたのでソワソワしてしまっています。
自分をしばっているのは自分だけ
落ち着かない少年はパン屋で買い物し、パン屋の男に先ほどの会話の内容を伝えようか迷ったけれどやめておきました。
次は門の窓口に行ってみて、アフリカ行きの切符を買おうと思えば余裕で買えるのだとわかってちょっと怖くなります。
結局買わずに帰って切符売りにはお金がないのだと勘違いされますが、あとは少年が行動に移すかどうかなのです。
しかしながら、少年は羊飼いとしての仕事に慣れたわけだし、このままでいようと思い直してしまいます。
変な老人と出会ってしまったばかりに、羊と宝物との間で迷っているのだと少年は考えます。
彼は今まで慣れ親しんできたものと、これから欲しいと思っているものとのどちらかを、選択しなければなりませんでした。
彼が広場を眺めながら物思いにふけっていると、風が彼の顔に当たり、砂漠や、ベールをした女性の香りを運んできます。
今、自分をしばっているのは自分だけでした。
羊たちも、商人の娘も、アンダルシアの平原も、少年の運命への道すじにあるステップにすぎないのでした。
前兆に従っていけばよい
翌日の正午、少年は6頭の羊を連れて老人と会いました。
少年いわく、残りの54頭は羊飼い志望の友人が、これはよい前兆だと言いながら買い取ってくれたとのこと。
「いつもそうなんだよ」と老人は言います。
ビギナーズラックと呼ばれているもので、誰でも初めてカードをする時は、ほとんど確実に勝つものなのです。
そこには運命を実現させようという力が働いているのです。
宝物はどこにあるのかと少年がたずねると、老人はエジプトのピラミッドの近くだと答えます。
占い師の老女と同じ回答だったことに少年は驚きますが、老人は話を続けます。
「宝物を見つけるためには、前兆に従って行かなくてはならない。神様は誰にでも行く道を用意していて下さるものだ。神様がおまえのために残してくれた前兆を、読んでゆくだけでいいのだ」
ウリムとトムミム
少年が何か答える前に一匹の蝶が目の前をひらひら飛んでいき、自分の祖父が蝶はよい前兆と言っていたことを思い出しました。
「おまえのおじいさんが教えてくれたように、これはよい前兆だ」と、老人は少年の心を読んで言います。
そして老人がマントを開くと、そこには宝石がちりばめられた黄金の胸あてがありました。
老人は胸あての中央の埋め込まれた白と黒の石を少年に渡し、これはウリムとトムミムだと言います。
黒は『はい』、白は『いいえ』を意味するから、前兆を読めなくなったらこの石に質問すればよいとのことです。
「これからおまえがやってゆくことは、たった一つしかない。それ以外はないということを忘れないように。そして前兆の語る言葉を忘れてはいけない。特に、運命に最後まで従うことを忘れずにな」
若者と賢者の話
老人は少年と別れる前に、一つの物語を話し始めました。
ある若者が幸福の秘密を学ぶために、世界で最も賢いといわれる賢者に会いに行きました。
砂漠を40日間歩いてやっと賢者の宮殿に到着し、若者は賢者と話す機会を得ました。
賢者は彼に油の入ったスプーンを持たせ、油をこぼさないようにしながら2時間、宮殿を見てまわっておいでと言いました。
そして2時間後に賢者から、庭師の作りこんだ庭園や図書館の美しい羊皮紙などを見たかと聞かれましたが、若者はスプーンの油に釘付けで何も見なかったと正直に答えます。
賢者は若者に「では戻って、わしの世界のすばらしさを見てくるがよい」と言ったので、若者は安心して宮殿内の美しい品々を鑑賞してまわりました。
その後、賢者のところに戻ると「わしがおまえにあずけた油はどこにあるのかね?」と聞かれ、若者はスプーンの中身が空になっていることに気づきます。
賢者は言いました。「幸福の秘密とは、世界のすべてのすばらしさを味わい、しかもスプーンの油のことを忘れないことだよ」
【記事05に続く】
パウロ・コエーリョ著『アルケミスト 夢を旅した少年』
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