中村天風著『運命を拓く 天風瞑想録』
前回の記事では第九章「第一義的な活き方」の後半部分を要約していきました。
今回は第十章「恐怖への戒め」について。
本書は書いてあることほとんどが大事に思えてきて要約が大変でしたが、残りあと2割というところまできました。
自分なりにエッセンスは押さえているとは思うので、もうしばらくお付き合いください。
恐怖観念は現実化する
あらゆる出来事に対し、物を怖れるという気持ちほど、価値のない結果をもたらすものはありません。
しかしながら僕たちは、ちょっとした体調不良や不運に対し、過剰な恐怖観念をいだきがちです。
「恐怖すればするほど人生に良くない結果がくる」という法則が、宇宙に働いていると知りましょう。
哲学者ベーコンも「人の大いに怖るるところのものは必ず、遂に襲い来るべし」と言っています。
宇宙霊という生ける大きな生命には、僕たちの観念が注がれると、とっさにそれを現実の「すがた」に表現しようとする自然作用があるのです。
宇宙霊の力を受け入れる鋳型
どんなに物覚えの悪い人でも、恐怖体験というものは忘れていなかったりします。
このような記憶が心に刻まれたとき、それが宇宙霊の力を受け入れる「鋳型」になります。
その鋳型にはまった現実がつくられてしまうという事実があるからこそ、恐怖観念で物事に応じてはいけないのです。
立派な建築物をつくるにはそれなりの設計図がいるように、人生の設計図からは恐怖を取り除く必要があります。
人間本来の「すがた」に恐怖はない
どんな感情であっても僕たちの肉体や人格に影響してきます。
感謝や歓喜といった積極的な感情を持っていれば良いのですが、反対の怒りや悲しみ、恐怖といった消極的な感情は、肉体や人格に悪影響をもたらします。
その中でも恐怖は現象化する力が大きいのです。
このことを自覚できていない人が大半のようですが、それを人間本来の「すがた」と思うのは間違いです。
因果律の法則によって不健康や不運がつくられてしまっても、それがあたりまえだと思わないように。
自分のなかの雑念妄念を統制し、自分の人生を積極的に断定して活きる。
そうすれば仮に不健康や不運にみまわれたとしても、それを恐怖で応じることはなくなります。
宇宙霊が自分を抱きしめてくれている
実際のところ、この世には恐ろしいということはありません。
戦争中に空爆を体験した人も、そのときの恐怖の記憶を今に再現する必要はありません。
宇宙霊と人間との関係を強く信じていれば、物事を恐怖観念で考えなくなります。
「我は宇宙霊とともに在り!」です。
どうしても恐怖を感じるのだからしょうがない、ではなく恐怖はクンバハカで吹き消してしまいましょう。
自分の力で生きているわけではない
宇宙霊の心とひとつになるために、いつでも自分の心を安定させておきましょう。
そうすれば、恐怖に値するようなことはないんだと思えてきます。
宇宙霊は目に見えるようなものではありませんが、それが存在しているから僕たちは生きているのです。
自分ひとりの力で生きているのではなく、この宇宙霊の力に生かされていることを自覚しましょう。
無闇になんでも怖れる心そのものが怖ろしいといえます。
恐怖を手放し、目を覚ましましょう。
終わりに
たまには僕自身の感想も少し。
中村天風氏の話すことはうわべだけの自己啓発ではありません。
読む人によっては「よくわからないことを口うるさく語る爺さん」に思うだけかもしれません。
しかし天風氏が熱く語る内容のなかに、僕はなにか究極の静けさのようなものを感じます。
今の言葉でいうと天風氏の思想は「マインドフルネス」だと思います。
言葉ひとつひとつは「ネガティブな気持ちを捨ててポジティブになろう!」と松岡修造ばりに熱いものが多いです。
でも話の全体の流れでみると「あるがままで大丈夫なんだよ」と読み解ける感じがします。
(次の記事に続く)
中村天風著『運命を拓く 天風瞑想録』
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